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さまよいの記

写真とカメラのエトセトラ

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思い出の地へ  

小学生の時喘息持ちで、夏になると発作が出て、なかなか寝つけない繊細なボクでした。
小児喘息から本格的な喘息になるかもと言われた母親は、夏くらいは空気の綺麗な場所に行こうと、家族で海に行く事にした。
母方の誰だったかの遠い親戚が宇佐美に民宿を営んでいるという関係で伊東の手前の宇佐美に毎年祖父母、従兄弟たちの家族などと行ったのを朧げに覚えている。

毎年と言っても小学二年から四年の三年ほどだと思うが、覚えている。

喘息症状も良くなり、六年生に水泳が喘息に良いと言われてイヤイヤ水泳を習ったから、それ以降、母と旅行に行ったという記憶はない。
家族旅行はあれが最後だったはずだ。

オトナになり、クルマの免許も取り、クルマで出掛けられるようになった頃にはたまに宇佐美を思い出しても行く事はなく、三十年近く経った。
義妹が、出産を控え、旅行にと話が出て、伊東の温泉でもという話になった。
いつもなら長女と僕は用事があって留守番だが、今回は僕もという話になり、同行した。
クルマで伊東に行くなら宇佐美を通るな、時間があれば寄ろうかと思っていた。
昼から出た為、ホテルには夕方に着く為に行くのを考えていたら、ヨメが行ってきたら? 電車で一駅だしと背中を押してくれた(本当はヨメも行きたかったらしいが、チビたちをおいていけなかった)。
伊東線は本数がなく、夕飯までに戻るには30分程度しか時間がない。
iPhoneで地図を確認しながら、電車に揺られて宇佐美駅に着いた。

30年も経ってる訳だから、当然町並みも変わってる訳で、直ぐに分かるか不安だったが、記憶を頼りに歩いた。
民宿だってないかも知れないと思いながら歩いて行くと、見つかった。
当時のままの佇まいで、そこにあった。


余りの懐かしさに泣きそうになってしまった。
もう民宿としてやっていないらしく、看板もなかった。
カメラを持ってきていなかったので、iPhoneで写真を撮り、周囲を歩いた。
そしてあの頃と同じように海水浴場までを歩き、海でタバコを吸って伊東に戻った。

あの場所にはムカシの家族達の匂いが溢れていて、たった30分程の滞在が凄く長い感覚だった。

もし、ムカシに戻れる事が出来るなら、ボクはあの頃のしょうもない自分のアタマをハタキ、母親に謝りたい。
親不孝な僕を許してほしい、と。
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